ミルンがその後、世の中に出した劇・小説・随筆はかなりの量になり、日本で訳されたものもたくさんあります。
例えば、大人向けの劇「ピムさん通れば」等々・・・。
そして自分の子供(クリストファー・ロビン)が3歳になると、子供向けの童謡を作り始めました。
後にそれを集めて「クリストファー・ロビンのうた(When We Were Very Young,1924)」
「わたし達は6つ(Now We Are Six,1927)」の二冊の童謡集が出来ました。
この童謡集は、R.L.スティヴンスンが子供のために作った詩集「A Child's Garden of Verses」以来の人気を誇る傑作です。
彼の書く童謡は小さい子供に読んであげると、子供の体が自然に踊り出すと言われるくらい子供の気持ちを捕え、
その英語の持つひびきやリズムも優れていると言われています。
また、この童謡集からは沢山の曲がCD(レコード)化されています。
ミルンは息子のロビンがもう少し大きくなると、今度は歌ではなくお話も作り始めました。
始めの童謡集「わたし達が幼かった時(When We Were Very Young,1924)」には、「Winnie The Pooh」の概観が見え隠れしています。
そしてこの童謡集の挿絵は「Winnie The Pooh」と同じ、「パンチ」のイラストレーターでもあるE.H.シェパードが担当し、
テディベアに関する詩も多く含んでいます。
「しかしながら困難、でも彼は努力します。練習なしでずんぐりした様になる」これは童謡の一説ですが、
この頃からプーさんの概観は出来ていたようです。
この2つの童謡集をはさんで、Poohの世界は発行されました。
「クマのプーさん(Winnie The Pooh,1926)」 「プー横丁にたった家(The House at Pooh corner,1928)」